点検評価と課題 273
4-2 運営顧問による点検評価
4-2-1 加藤伸一運営顧問
分子科学研究所と産業界との連携について
分子科学研究所 運営顧問
株式会社豊田中央研究所 加藤伸一
(1) はじめに
2004年度から分子科学研究所(以下分子研)は,大学共同利用機関法人自然科学研究機構に所属し,法人化された。 これを機に,産学連携について考えていく気運となっている。当然のことであるが比較的応用に近い技術を研究して いる工学系の研究機関と比較して,分子研のような基礎科学研究を行う研究機関は産業界とはかなり距離がある。私 はこのような時期に分子研の運営顧問を拝命した。この機会に分子研と産業界との連携についての見解を述べさせて いただく。
(2) 工学系での産学連携
日本の工業は古くから大学の先生方の指導により発達してきた。自動車工業も生産技術,機械,材料,電気等の多 分野の専門の先生方の指導のもと,企業の技術者が努力を重ね,今日まで発展してきた。産学連携はすでに長い間行 われてきたといえる。現在は更に活発に行われているし,今後ももっと進展するものと思われる。
製造業は将来ビジョンを掲げ,製品ニーズに向けて研究開発を行う。そのステップとして研究,先行開発,製品開 発という三つのフェーズで進めていくのが通常である。特に研究および先行開発フェーズにおいて多くの技術の壁に 当たり,どうしても前に進めないことがしばしば起こる。このような時,新しい技術のシーズ(知見,理論)や新し い解析技術が必要になる。学界に求められるシーズは,高度な先端技術であり,企業の持たない,知らない異分野の ものであることが多い。
このような場合も,産業界が求めるものが学界のシーズと直接一致することは,極めて稀なことである。研究には ある目的を持って行われるだろうが,その成果は予想外のところに役立ったり,ある大きな示唆を与えたりして展開 していくのが多いのではないかと思われる。弊社でも,わずかであるが自由発想的研究を進めている。たとえば,新 しい機能材料が開発されてもなかなか自動車に応用できず,予期せぬ異分野の産業界に応用できることがよくある。
このようにして,数多くの高度な技術シーズが研究開発途上の産学の交流を通じて生まれるなど,新しい技術を創 成したり重要な問題を解決しながら研究開発は進められている。そのやり方としては,大学,研究機関と企業との共 同研究が有効である。もしお互いに触発され,新しい技術を創出できれば最高の成果であろう。更に,共同研究には 複数のテーマを一括して行う包括共同研究,また,国が主導するある大きなプロジェクトが設定され,複数の大学や 企業が行う産学官連携コンソーシアムを組む研究がある。
その他にも産学ではなく産々連携がある。世には,極めて高度なコアコンピタンスを持っている優れた製造会社が 沢山ある。そういう異分野の特殊技術を持つ会社と連携し,新しい価値のある製品を共同開発することは誠に有効で あることを申し添えておく。
(3) 分子研での産学連携について
分子研は,前述したように研究者の自由発想による真理の発見,新しい理論を求める基礎科学,学術研究を行って
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おり,社会のため,人類のために大きな重要な役割を担っている。従って直接出口を求めたり応用を考えたりするこ とは控えるべきと認識している。
しかしながら,派生的であっても研究の道中に何か産業界に役立つことがあるはずである。私は独立した企業の研 究所に勤務しているので,普通の製造業の技術者より少しは分子研に近い存在であると認識している。そういった立 場から,分子研との連携について以下のように考えてみた。
①最先端の計測装置を借用し,画期的実験技法の指導を受ける。そして物質の真実の解明,新機能材料の探索および 開発を行う。
②民間レベルでは規模においてとても手の届かない最先端,超高速計算機を借用し,計算科学の画期的シミュレーショ ン技法について指導を受ける。
③最先端また異分野の知見を仰ぐ。直接的に役に立たなくても分子研の研究者が予想しなかった分野に,思いもよら なかったヒントを与え,進展していくことが期待される。これは前述したように工学系の研究機関でも同様である。
④分子研内でも,工学系に近い研究が行われており,企業との連携ができそうなものがある。
(4) おわりに
以上,思いつくままに産学連携を述べたが,進めるにあたり心がけておくことがある。
第一に,企業側の研究者のレベルが高いことが必須である。そのためには,その研究の専門分野で最適な能力の高 い人材を育てておかねばならない。
第二は,産学のコミュニケーションが重要である。ニーズ,シーズの相互理解がなければ,出発点に立てない。お 互いに研究現場を見学する交流会が時々でも行われていると成果がでてくる。
分子研の研究者が企業のために貴重な時間を費やすことは本来の任務をディスターブするようで心苦しいが,可能 な範囲で指導いただきたいと思う。分子研と企業との交流により共同研究まで発展し,お互いが触発されて,新しい ことが見えてくる可能性が期待される。
最後に,人類の未来の幸せのために,分子研の研究者の皆様の一層のご活躍を心から祈念する。